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Vol. 85 課題の一つ

25日は反省しました。私が優柔不断で、今だ克服出来ないことの一つを再度戒められました。 

それは同調の言の葉です。>< 

人との関わりでは、自分はそう思ってなくても、相手の話の腰を折るのが悪いという気持ちから同調して「そうそう」と言ってしまう時があります。それが差しさわりのないものであればいいのですが、霊界道に反することであると即表面化して自分に返ってきます。 

25日はしてはいけない同調をやってしまったんです。自分でも「これはいけない」と思っているのについつい「そうそう」と・・・。 

今回の霊界道に反する言の葉はまさに「心無い偏見」です。要は見た目や仕事、学歴などで人を判断してしまうことです。 

その日は知り合いの方とランチを食べたのですが、その方が住んでいるマンションの上の住人がうるさいと話していたのです。うるさいことは迷惑なのでその通りなのですが、彼女は上の住人を見た目でも心無いことを言っていたのです。それは違うだろうと思いつつ、ついつい同調してしまいました。 

その日ランチが終わった後、買い物をしたのですが、全然私が悪くないのに、レジで並んでいて嫌な思いをしました。「あれ?なぜにこんな出来事が?」と最初は分かりませんでしたが、その夜、口の中が切れているのに気付き、そこから今日の嫌な出来事も納得がいったのです。 

私は過去によくない言霊を発すると、すぐに口の中を怪我していました。全く怪我する理由がないのに不思議に口の中が切れていたり、血だまが出来ていたりと痛いのです。そして因果応報的な出来事が起こります。 

今回も同じことが起こりました。ランチで知り合いの方の心無い偏見に私が同調したことへの代償だったのです。それはカルマを生んだことへの因果応報であり浄化さすための現象でもあるのです。 

ほんとうにこういう同調は今後絶対にやめないとと心底心に誓う私でした。 

ただ、魂的にステージが上がっていくと、おのずと心無い悪口や偏見、また不満ばかりを言っている人達との関わりが少なくなってくることです。以前はそういう友達もいましたが、不思議と疎遠、向こうから連絡が途絶えたりと縁がなくなってきています。 

しかし、ほんとうに反省の1日でした。>< 


2007年01月27日

Vol. 84 二体の観音像-完結

清く尊い貴方様のことを今回ここに書かせて頂く事、心から感謝致します。 

鎌倉の長谷寺の不思議なお導きは私の心の中でいつも輝く光となっていました。私を見上げそびえ立つあの大きな大きな観音様の尊いお顔を思い出すだけで魂が温かくなるのです...。 

2006年、去年は年間を通して今年に備えての浄化の年でした。そんな中の2006年3月、妹とスカイプでいつものごとく色々話していて、その日は妹が何度となく「私達の絆ってやっぱり何かあるよ。夫婦というよりなんて言うのかな...」なんてしきりに言っていて、そしたら急に「ツインソウル!?」って最初妹が言い出したと思います。以前そういうのを聞いたことがある程度(たぶん以前日記でご紹介したミキさんのHPでだったかも)で、「うそ〜!!!!!」と言いつつ、聞いた瞬間「うわ〜〜〜〜そうじゃん!」と、魂から沸き上がるなんとも言えない響きがあったのです。そうすると全てのお互いの今までの出会いや人生に納得がいったのです。2人でその瞬間、涙したのを覚えています。妹が私の経験出来ない事を経験してくれていることへの感謝と感動、そして2人の絆の深さに...。守護霊からの直接の言葉ではなく、魂の感覚で守護霊から気付かされました。 

余談:私のツインソウルとの出会いと体験は以下をご覧ください。 

Vol. 75 体験-ツインソウル-出会い 

Vol. 76 体験-ツインソウル-私達の体験 

ツインソウルという確信は守護霊から直接聞けばいいのですが、私がすでに「絶対にそう」と思い込んでいるので、聞いてもその答えは邪念からなるものだと、聞くのはやめていました。でも理屈抜きでそうだろうという思いはありました。 

それが発覚して、数ヶ月経った8月中旬。妹に今まで話してなかった長谷寺での不思議な体験を話したのです。それまでは妹もそこまでスピリチュアルに関心がなかったので、こんな話しても信じないだろうなって思いがあったのです。でも、2006年は妹にとってもスピリチュアルな面で大きな成長があった年。その影響もあったのだと思いますが、ふと長谷寺の話を妹に話していました。 

その二日後だったと思います。メールで「ちょっと〜!スカイプ出来る?私達ってやっぱり...」というメッセージが入っていたので、スカイプをオン!話を聞いてみると... 

一昨日私から長谷寺の話を聞いた妹が次の日(昨日)のお昼にTVで「長谷寺」という言葉が聞こえてきたそうです。妹はその時、TVをつけっぱなしで、昼食を作っていたのでキッチンでTVの音声だけ聞いていたそうです。それで「鎌倉、長谷寺」って聞こえて来て「ああ、ねえさんが言っていたお寺だ」と耳をそばだてていたら、とんでもない事実が聞こえて来たとのこと。 

実はそのとんでもない事実って、二日前に私が長谷寺のことを妹に話した時って、私自身すっかり忘れていたことで、妹にその時話してなかったのです。 

その事実とは、実は長谷寺の観音様は一本の楠の霊木から造られたと前回お話しましたが、実はツインで造られた観音様の一体だったのです。いわゆる、その観音様自体がツイン(双子)だったのです。 

由来(長谷寺のカタログより):長谷寺の本尊である十一面観世音菩薩は、養老5年(721)に徳道上人の本願によって、一本の楠の霊木から創出された「二体の観音像のうちの一つ」といわれ(残る一体は大和の長谷寺の本尊となる)、開眼供養の導師を務めた行基菩薩によって衆生済度の願が込められ海中に投じられたといいます。その後相州長井浦に流れ着いた尊像は鎌倉に遷座されました。 

ということで、妹はそれを聞いて、タイミングといい、長谷観音像が双子であるという事実に鳥肌が立ったと言います。 

私もそのお話は長谷寺に行った時に頂いたカタログから知っていたのですが、すっかり忘れていました。 

それではもう片割れはどこに?ってことになり、大和の長谷寺の観音様をネットで拝むことになったのです。 

二つの観音様のお顔を見ると、奈良の観音様はぽっちゃり系で私に似ていて、鎌倉の観音様はすらっとしていて妹に似ているんです。 

妹曰く、「私は奈良の観音様の方が惹かれる」と言っていました。私はやっぱり鎌倉の観音様に惹かれるのです。 

なんとも不思議な感覚であり、奈良の長谷寺にも行きたい、いや、妹と2人で今度は両方の長谷寺にお参りに行きたいと願っています。 

奈良と鎌倉という遠い地で、二つの観音様は強く惹かれ合っているんだろうなと思います。そして私達も遠く離れながらも強く惹かれ合う存在であるという事実。 

妹に似ている鎌倉の観音様は造られてすぐに海に流されました。私に似ている奈良の観音様は造られてすぐに人々から敬われ奈良のお寺の本尊となりました。鎌倉の観音様を陰と例えるなら、奈良の観音様はまさに陽。そこからも妹が陰の人生、私が陽の人生の歩んでいることも不思議な一致であり、陽の波動の鎌倉にいらっしゃるのが陰の観音様、そして陰の波動の奈良にいらっしゃるのが陽の観音様ということも、陰と陽の関係をそこでイーブン(フェア)にすべく運命があったのではと思えずにはいられません。 

ツインソウルな妹と私は今後も観音様の大きな愛に包まれながら、精進していきたいと思っています。 

長い日記を読んで下さった皆様、ほんとにありがとうございました☆ 

いろんな出来事がありますが、みなさんも多くの守護の方の護りがあって生きていらっしゃいます。私だけではありません。決してご自身一人ではないこと、そばには彼らがいつもいること、その方々への感謝の気持とともに、彼らを信じて進んでいってほしいと切に願います。(^^)


2007年01月26日

Vol. 83 二体の観音像-その2

今回も先に感謝とお礼を申し上げ、書き始めたいと思います。 

-清き偉大なる皆様のことを今日ここに書かせて頂く事心から感謝致します。 

-奈良の先生、先生の守護霊様、守護神様、清き尊いお言葉伝えて下さり心から感謝致します。ほんとにありがとうございました。 

東京→鎌倉→江ノ島→山梨→大阪という順番にてやっと実家に帰ってきました。滞在は1ヶ月なので、2006年1月15日まで大阪に滞在予定でした。 

その間に日記にてすでに2回ほど書かせて頂いている奈良の先生の所へも行く予定にしていました。 

注釈:霊能者の方で、行をして私の守護霊のお言葉を伝えてくださいます。過去に先生に触れた日記があります。ご興味のある方は下記リンクより覗いてみてください☆ 

・Vol. 29 光のパワー 

・Vol. 39 修行 

行くならやっぱり命数の26日ということで、2005年12月26日、大晦日も押し迫った時期ですが、先生は快く「いらして下さい。待ってますよ」と言って下さいました。 

以前の私が妹の栃木へ行った時もめったにない大雪でしたが、私が帰った今回2005年12月も日本全国記録的な大雪となったんです。(^^;) 

26日も朝から雪。奈良の先生の所はほんとに山里にあるので、雪が降ってしまうと、車でも不安...。母が運転して行ってくれるのですが、雪が降っているのを見て母は「もう今日は無理やね」って言いました。泣 「今回はご縁がなかったのかな...」と思って一旦は先生に行けないという電話をしたのですが、その後すぐに晴れて来て、それでは行こう!ということになりました。「あ〜良かったよ〜」でした。 

私が会うのは今回2回目、3年半振りです。 

最初に先生とお話をします。自分の近況や相談したいことなどを話すのですが、そこでの先生のお言葉も霊的メッセージがすでに入っているので聞き逃すことが出来ません。そして先生に「今日はどんなことを(行で)聞きたいんや?」と言われました。はっきりしっかり具体的に聞きたい事を言わないと、霊界の方は答えてくれませんから、これはとても大事なことなんです。でも、私は聞きたい事はあったのですが、それが霊的な面から私が目指したいことについてだったので、母がいる前でちょっとそれは言えなかったんです。 

母はこれだけ先生と会えて行もしてもらって(これってほんとに貴重なことなのに...)、母自身幽霊とかも見るのに、スピリチュアルなことにはどこかやっぱり疑心があり、また恐怖心があるようで、そんな方面に向かう私を内心心配しているんです。そして母は数ちゃんの占いには没頭しているんです。ヾ(・・;)ォィォィ 

そんなこんななので、その聞きたい事が言えず、私が先生にお願いしたのが「この先、自分がどう進んでいけばいいのか迷っています。生活も心配だし...。なので今回は私が聞くというより、今、守護霊様が私に伝えたいメッセージを教えてほしいです」とお願いしました。 

そして、いよいよ行が始まりました。先生はテープに行を録音して下さいます。 

行では全てのお答えがやはり出ました。私が先生に言えなかった聞きたいこともちゃんと霊界へは伝わっていて、その答えもありました。そして、一番驚いたことは、行を初めてすぐに先生が「沙羅さんの前に一体の大きな大きな2メートル以上もある『てんほうりゅう様』の使いの神様が見守っておられます」と言われました。私はすぐに「ああ〜長谷寺の観音様に関係している!」と思いました。そして「てんほうりゅう様と龍神様に見守られて...」と言われ、まさに鎌倉の日本一高い木彫観音様と江ノ島の龍神様が護って下さっていると実感しました。 

でも、「てんほうりゅう様って誰?」って疑問があったのですが、なぜかその場では先生に聞かなかったんです。すごく高貴な神様だとは理解していたので、それで満足って感じでした。(^^;) 

その後、ネットで天ほうりゅう様をサーチするのですが、「法隆」しか出てこなくて、神様の名前でもなく、「おうりゅう」で探してもその当時は該当するものが検索出来なくて、分からないままになっていました。 

そして、2007年の今月に入り、みなさん結構ご自分の守護の方の名前を知っている人が多いなと、私も出来れば知りたいという気持が強くなってきていました。 

私の指導霊もそうですが、「名前はなんでもええ。時期がくればおのずと知る」と言っていて、指導霊も私が勝手に付けた昔からの名前(指導霊だって交代しているはずなのに)で呼んでも「それでええ」って言っているんです。そんななので、私を護って下さっている他の神様も「気持が大切」と思っていて下さって、名前に意識を置く必要なないと思っていらっしゃるようです。ましてや私自身、神様の名前ってインドではこう呼ばれて、日本ではこう呼ばれてなど、一人神様なのに呼び名が違って、それだけでお手上げなんです、実は。(^^;) あと、神様の名前って漢字も読み方も難しく、頭悪いのでもう覚えられないし、考えるだけ頭がぐるぐるしちゃうのです。なので反対にそう思って下さっていると助かるのです。 

とは言いつつ、先生がせっかく教えて下さった神様のお名前。やっぱり知りたいなと思っていたんです。 

2007年は思ったことがすぐに現実化する年でもあるので、私のこの願いもすぐに現実のものに。 

それが、23日の日記「Vol. 81 二体の観音像-その1」を書いていた時にはっきりすることとなりました。すごい! 

その日記を書いている時に、再度先生の行のテープを聞いたのです。そしたら「てんほうりゅう」ではなく「てんおうりゅう」と言っているのではと気付き。再度ネットでサーチしたんです。1年前もその読み方でサーチしたはずで全く出て来なかったのに、不思議です。今回はすぐに出てきました。 

それが「黄龍」だったのです。 

ウィキペディアから抜粋すると: 

黄龍(こうりゅう、おうりゅう Wong-ron)は、四神の中心的存在、又は、四神の長とも呼ばれている。四神が東西南北の守護獣なのに対し、中央を守るとされる。 

四神は陰陽師でおなじみの 

東・春:青龍(せいりゅう) 

西・秋:白虎(びゃっこ) 

南・夏:朱雀(すざく) 

北・冬:玄武(げんぶ) 

であり、その中央に「黄龍」が入り五行説となる。 

私は自分でオーラに黄色が入っていると感じているのですが、それからもなるほどと思いますし、嗅覚がすごいんですよ。黄龍の感覚はまさに嗅なんだそうです。ひえ〜!味は「甘」らしく、私チョコが大好物で...。と、まあなんとなく言われれば似ていると思う所が多々あります。  

なんで私が陰陽師の本やアニメが好きなのか、これではっきりしたという感じもあります。まさに自分がその中心になる神様に護られているとは...。 

そして、黄龍様は大天使ミカエル様に似ているように思います。自然霊の勇士の中心が黄龍様で、どちらも守りの戦士に違いはないと思います。 

ここからも共通する私のお役目が見えてきます。 

ということで、23日にそれが分かって、とても興奮していました。少しでもイメージがしやすいということでやっぱりお名前や存在が分かるとうれしいものですね☆ 

先生は「天黄龍様のお使いの神様」とおっしゃったので、その神様にも感謝で一杯です!あなたのお名前までは分かりませんが、たぶん長谷寺の観音様とも縁がある(お使いでもあるのかも)だと思います。ありがとうございます!! 

「行」では私が霊的に目指したいことへの答えもありましたと先に書きましたが、大天使ミカエル様、長谷寺の観音様、天黄龍様、龍神様のように、今後の私次第で「多くの色々な神様が助けてくれる」と言われたのです。私はこれを励みに、そして彼らを信じて感謝し、これからも進んで行こうと思っています。 

また日記がどこまでも長くなっています...すみません。 

とうことで、一旦今回もここまで。次回で完結になります。長い日記にお付き合い下さりありがとうございます。二体の観音様とは!!! つづく


 

2007年01月26日

Vol. 82 今生があってこそ未来がある

*******指導霊からのメッセージ****** 

輝ける未来の道を歩みたいなら 

己なくして行けはせぬ 

今生の想いなくして行けはせぬ 

よう心し歩いていくなら 

必ず己が望む未来がそこにあるぞ 

信じることこそ感謝なりけり 

********************************** 

ちょっと反省モードだった昨日...。(^^;) 

守護霊様清いお言葉ありがとうございます☆



2007年01月26日

Vol. 81 二体の観音像-その1

今日のお話は、ツインソウルにも関係する話となりますし、私に大きな力を与えて下さっている方のお話なので、心を清めつつ書かせていただきます。(長くなるかも...^^;) 

今日ここに偉大なる貴方様について書かせていただくこと感謝致します。 

自営をしていると浮き沈みが激しく、いつも明日の生活についてプレッシャーの毎日。そんな日々の中の2005年8月、私は事業のことで金銭的に本当に困っていました。でも心のどこかでは今までの霊界道の教えから「大丈夫。なんとかなる!」って言う気持は持っていました。 

そんなある日、夢で「弁」に似た文字が浮かび上がり、夢の中で「龍神様にお礼参りに行かなくちゃ」と私が言っていました。目が覚めても記憶は残っていて、「龍神様?」ということで、ネットで調べました。そうすると龍神様がいる所は弁天神社だと分かるのです。(ちなみに私は今もそうですが、神様自体に疎くて、何がなんやら分かっていません。今も七福神さえ良く理解していないのですから...汗)「弁」に似た字は「弁天神社」のことだったようです。 

弁天様は天女様でそのお使いは白蛇と言われていますが、場所によっては龍でもあります。そして弁天様は知恵や長寿・財産を授ける神様であるとともに水の神様でもあります。七福神の中で唯一の女性の神様。 

その夢を見た数日後、なんと仕事に必要だったお金の工面が出来たのです。まさに弁財天とも言われる財運の神様。私に救いの手を差し伸べて下さったのです。 

これは夢の通り必ずやお礼参りに行かなくては!状態です。と言っても、弁天神社って日本には一杯あるんです。どこに行けばいいのか最初は実家がある大阪の近くの神社を考えていました。でもネットでサーチした中で、一番心惹かれたサイトが、江ノ島の弁天神社でした。天女様と龍神様のとても素敵な伝説を漫画にして説明していて、分かり易く、そのお話もとても愛らしく素敵で、行くなら「江ノ島の弁天神社だ〜!」となったのです。 

江ノ島神社のホームページ:http://www.enoshimajinja.or.jp 

さてさて、私の住んでいる街は遥か北...。辺鄙な所で、飛行機使わないと本土にはいけましぇん。(;;) なので実家大阪に帰ることや、山梨にある父方のお墓参りをするとしても、そう簡単に行けるものではありません。なので東京なんて...という感じなので、いったいいつお礼参りにいけるだろうと思っていました。 

でも、9月にある人から「平成17年(2005年)という17は弁天様に関係した数字である」と聞かされたのです。(これはちょっとうる覚えなので、もしかしたら弁天様ではなく龍神様に関係した数字か、1+7=8で8という数字がそうだったのか...)その話で「17」=「8」でそれって私の命数じゃん!ってことにもなり、この偶然は絶対に必然と、「今年中にお礼参りに行かないといけない!」と思ったのです。 

行くなら、父方のお墓参りもしたいしということで、決断してまず両親に連絡。「ちょっと〜どうしても江ノ島行きたいのと、行くなら山梨も行ってお墓参りもしたいので、東京に住んでいる親戚の誰かに泊めてくれるようお願いして〜!」と言いました。

そして2005年12月16日に東京到着。父も東京に来て、その日は親戚の家で一泊し、次の日の17日(命数の日にしました)に江ノ島に行くことになりました。泊まった先は父の妹の家で、おばさんの子供(私の従弟になる)H君が車で江ノ島まで行ってくれることになりました。 

H君、おばさん、父と私の4人でのドライブ。父は私に「どうして江ノ島なんや、親戚に迷惑かけて...」って言ってましたが、父はスピリチュアルなことイコールうさん臭い占いと思っていて、超毛嫌いするので、こんな話は絶対に出来ません。(^^;) なので「観光よ、観光!一度行って見たかったのよ〜」なんて...。汗 

H君が行く前に「江ノ島の前にどこか行きたい所ある?鎌倉行ってみる?」って聞いてくれたので、有名な鎌倉〜行けるなら行ってみたい!とお願いしました。 

ちなみに鎌倉に何があるのか私分かってなかったんです。汗 とにかくお寺があって有名な古き良き町並みが〜ぐらいで、有名な大仏があるとか、お寺が沢山あるということすらイマイチ分かってなかったのです。ただのミーハー心。ヾ(・・;)ォィォィ 

「鎌倉のどこを見て回るのか」ってことになったのですが、私は「みなさんにお任せします。全く分かりませんので...^^;」と3人にお任せ。結局誰が決めたのか分からずじまいなのですが、とあるお寺に到着。「ここは何の神様で何の由来があるのか誰か説明してください」と3人に聞いても、誰も何も返ってこない...。(^^;) 「なんでも日本一の木彫観音像があるらしい...」ぐらいでした。 

そのお寺は「長谷寺」。一本の楠の霊木から造られたとされる長谷観音は、像高9.18メートルという日本で一番大きな木彫観音像「鎌倉大観音」が祀られているお寺。 

最初、お寺の門をくぐったら、猫が何匹もいてて、「お寺に猫って、そういうものなの?」って思いました。観音様が祀られている観音堂へはくの字になった石段を登っていくのですが、石段を登り始めたら、脇から一匹のダークシルバーの猫が私の前に現れました。「どうしたの?きゃわいいね」ってあごをなぜなぜしていたのですが、私が石段を登ると猫も一緒に私の前を歩いていくんです。私はその時直感で「ああ...、この猫ちゃん、私を案内してくれているんだ。という事は、このお寺の神様は私を歓迎してくれているのね」と感じました。 

他の3人はすでに前に行っていて、私が一番後ろから、観音堂に入りました。入って、目の前にそびえ立つ最大級の観音様のお顔を観た瞬間、魂が揺れるというのでしょうか、なんとも言えない感情が沸き上がって来て、観音様が「良くいらしたね」と言ってくれたのが分かったのです。「ああ...私この方に愛を一杯頂いている。やっと会えた」って実感し、涙が溢れてきたんです。ほんの数秒だったと思います。このまま観続けていたら、号泣しそうだったので、会えたことに万感の思いを込めて感謝し、すぐに観音堂を後にしました。ほんとは1日中いたかったほど。でも連れの3人に泣いているの観られるのも怪しいと思われるので、やばい!このままだと号泣だ〜と、出てしまったんです。(^^;) 

もう懐かしいという気持というか、私の今までの全部を見てくれていて、全てを受け止めて下さっていて、私の想い、今までのここに辿り着くまでの人生、全てを受け入れ、許して下さっている、「大丈夫だよ。大丈夫だよ。よくぞここまで(魂の上で)登ってきたね」って私の全てを認めて下さっているお顔がそこにあったのです。(この文章を書きながら、すでに私は泣いています...泣) 

「ずずず〜」 

すみません。今泣いていて、鼻かみ中。。。

ほんとに尊いお顔とお姿から伝わる愛にただただ感謝でした。確実に観音様は私がここに来るのを待っていて下さったのです。思いがけないサプライズで、縁のある神様と出会うというか再会出来たことに感謝☆ また絶対に会いに行きます! 

その後、あの有名な鎌倉の大仏を観て、江ノ島神社へと行きました。江ノ島神社ではしっかり「ありがとうございました!」とお礼を言いました。お礼だけで、お願いはするつもりはなかったのですが、今度いつ来れるか分からなかったので「お願いをしますが、もし叶っても、お礼参りには来れるかお約束出来ません」と断りを入れ、お願いを一つしました。(^^;) お願いは今覚えてないのですが、たぶん、芸術の神様でもあるので、私のデザインの仕事のことでお願いしたかと思います。江ノ島神社もとても良い波動でした。でもちょっとエスカレーターなんか作って近代的にしてしまって、それはどうなのか...と思いましたけど。江ノ島から見る海辺はとてもとても素晴らしいものでした。天女様、そして龍神様にお礼参りが出来た達成感と、感謝で一杯でした。 

本土にまた住む事があるなら、私は江ノ島も近く、私の守り神がいらっしゃる鎌倉に住みたいと心底思いました。 

あまりにも話が長くなるので、一旦ここで今日は終わりにします。 

「その2」では、それから、さらに驚くような長谷観音様の事実がわかるのです。それが妹と私に関係することとなります。そして、天黄龍様のお使いの神様が出現です。 

長い日記にお付き合いくださりありがとうございました☆


2007年01月23日

Vol. 80 信じる者は救われる!?

と言う言葉をよく聞きますが、それってホント?の疑問に答えるような守護霊とのやり取りがあったので、これも書き記しておきます☆ 今回はテーマはタイトルの通りですが、それ以外にも人生のヒントが一杯含まれている内容です。この日記は読み返す時々に、それに合ったヒントが見えてくる内容となりそうです。 

その前に予告しておいた、とあるお寺の神様に呼ばれた話を書かなくてはなのですが、先に書きなさいと言われているので、先に書かないといけないことを書いていきたいと思います。この日記の順番も必然で霊団の導きのまま進んでいきます。たぶん明日にはそのお寺の話が書けるかと思いますが。 

昨日TVを見ていて、ふっとすごい疑問が沸き起こりました。TVの内容は覚えてませんが。(^^;) 

その疑問とは: 

私「私は自分の日々の生活に感謝をしながら生きています。その一つは今住んでいる私の街は大好きで、ここに住めていることに感謝をしているのですが、もし、他の土地に行っていたなら、もっともっと素敵なことがあったかもで、今の感謝って、ほんとうに感謝に値するものなのか?もしかしたらとっても損なことに感謝しているのかも?」 

なんてちょっと歪んで考えてみました。するとすぐに指導霊参上。 

指導霊「感謝とは信じることと共通しておる。感謝をすることは、その感謝をする出来事を信じているからこそ感謝できるのじゃ」 

私にとってはなるほどなお言葉でした。例えば、両親に感謝をするってことは、両親の存在や行いを自分が信じれるから感謝が出来るってこと。「信じる」とは「認める」「受け入れる」とも共通しているのだと思います。なので、もしかして他の道を進んでいたら?って思うより、今を自分が信じているなら、感謝に値するものであるってことだと理解できました。 

さらにこの言葉で、今年はじめに指導霊から言われた言葉を思い出しました。 

友達が家に遊びに来て、彼女が「霊気のクラスを受講し、先生からアチューンメントをしてもらったけど、家に帰って旦那に試してみたけど全然出来なくて、あの先生って本物なのかな・・・」と、お金を無駄にしているのではないかと話していました。そしたら指導霊が「信じる者は救われると一緒じゃ」って伝えてきたんです。要は自分が「この人本物だろうか。私は本当にアチューンメントで出来るようになるのか」という不安があるとその波動が出て結果は「出来ない」という結果になるってこと。「この人の力を借りて私は出来るわ!」って思うことで「出来る」という波動が出て結果は「出来るようになる」ということ。もちろん、先生もその場合本物でないといけないのですが、経歴を見るとそれはおのずと分かってくるはずで、ある程度という先生であっても、あとは信じることですごいパワーが出るってことです。信じた者勝ちとも言えます。 

信じることって感謝を生み、愛を生み、最後はその波動が人生をよきよう導いてくれる。すなわち、救われるってことなんだなと痛感する次第です。 

大切なことは「自分の人生をしっかり信じて生きる」ことだと思います☆


2007年01月22日

Vol. 79 慈悲と自己満足

前回のVol. 78で「哀れみ」について指導霊からメッセージがあったのですが、それは私が某芸能人の娘さんの事故死を知って「これは親にとっては辛すぎる」と考えていたら、「それでは哀れみについて話そう」と指導霊がメッセージを送ってきたものです。 

前回のメッセージだけでは書けなかった、もっと分かり易い説明がその後私と指導霊との会話であったので、なるほどと思うことなので、みなさんにも気持をシェアしていただければと書き記します☆ 

指導霊「おまえのその哀れみは自己満足だと言える」 

私「ええええ〜!なんで?心から傷みを理解しようとしているし、ほんとに親にとっては辛いと思うのですが...。では私のこの気持は蔑みや見下しも入っているってことですか。それは絶対にありえません」 

指導霊「可能性としてはそれも微妙にあり得るので、内観せい」 

私はその後内観して気持を整理することになりました。霊界の法則を知っている私は「死」について悲しいという気持はしばしの別れへの悲しさになっていて、悲しむなら、そのしばしの別れと、辛い死に方ならそれに対してであり、亡くなれた娘さんは肉体はなくなっても生きているし、そばにいるし...、でもそれを理解出来てない人達には「死」は辛すぎる、特に愛するものの死はと考えます。でもそれがもし、慈悲でない哀れみであるとするならば、「霊界の法則に気付いている人、気付いていない人」との区別化を私自身がしている可能性があるってことだと内観しました。 

私「なるほど。区別をした気持がどこかであるなら、それは霊界の道として完全ではないってことですね」 

指導霊「そうじゃ。それは奢りに繋がる紙一重だからじゃ」 

私「それが怖い面での自己満足になるわけですね。危ない所でした。ありがとうございます」 

指導霊「それではおまえは、今回のこと、相手に対してどう思う」 

私「改めて考えると、やはり親の気持を考えると辛く悲しいことであると胸が痛くなります」 

指導霊「慈悲と自己満足の違いはそこなるぞ」 

私「へ?」 

指導霊「もう一歩魂を磨きたいなら、自己満足から、慈悲の気持へと移るのじゃ」 

私「?」 

指導霊「悲しい辛いであろうと相手の気持を理解しようと同情することも気持としては正解じゃ。でもそれだけなら自己満足で終わってしまうじゃろう。それを慈悲の気持に変えるには、同情の気持から、さらに相手のために祈る事。それが慈悲の気持なのじゃ」 

私「ご家族の心の悲しみ傷みが少しでも癒されますように。そして娘さんが成仏できますように...」 

指導霊「そうじゃ、その気持こそ慈悲の哀れみなるぞ。相手のために祈ること、それ大切なるぞ」 

大変貴重な守護霊からのお言葉でした。哀れむことは一歩間違うと奢りや見下しといった怖い面の自己満足が存在すること。そして、慈悲の上でなりたつ哀れみ(いわば魂に響く哀れみ)とは、同情からさらに進み、その人の為に心から祈り願うこと。霊界道の教え、まだまだ一杯あります。


2007年01月21日

Vol. 78 哀れみ

********指導霊からのメッセージ**************

哀れみとは 慈悲と自己満足の紙一重 

己が思う 哀れみとは どちらであるのか考えてみる事大切ぞ 

どちらもありじゃ されど 慈悲であることまた大切なり 

**************************************************

霊界のお言葉を聞き出すと、どこまでも聞けるのですが、いつもそれを敢えて最初のメッセージだけで終わるようにするのですが(理由は私が集中力が持続しないので...汗)、今日は続けて聞けるなら聞いてみたいとVol. 77の後に来たメッセージも聞き取ってみました。 

「哀れみ」を辞書で引くと「慈悲」と書かれています。でも心では自己満足からくる哀れみもあること気をつけないといけないのだと思います。相手を「かわいそう」と思う気持は心からなのか自己満足(蔑み/見下し含む)なのかということ。 

守護霊様清いお言葉ありがとうございます☆


2007年01月20日

Vol. 77 我らは待っている

*******指導霊からのメッセージ******* 

愛のある希望の光満ちる時 

輝ける未来よ来たりける 

己が己らしくあるために  

我らがそこに居 待っている 

耳を澄ませば聞こえるであろう 

心配するな 強くあれ 

必ず聞こえる時がくる 

************************************ 

何かお言葉いただけますかとお題なしで聞いてみました。 

2007年は多くの人達が霊界と繋がることが出来る年でもあります。そして彼らも待っています。 

守護霊様清いお言葉ありがとうございます☆


2007年01月20日

Vol. 76 体験-ツインソウル-私達の体験

「ツインソウル」をサーチすると「半分ずつの男女の魂」「陽と陰の双子の様な一対の魂を持つ男性と女性のこと」と書かれていることが多いです。でも「半分ずつ」「陽と陰の双子の様な一対の魂を持つ」はまさにその通りですが、必ず男女で分かれるということでもないようです。なぜなら私のツインソウルは女性だからです。 

私が体験するツインソウルを今日はお話したいと思います。 

彼女と私は家で例えるなら、家の形(柱などの枠組み構成)は一緒で、家の中(家具やインテリアなどのデザイン)が正反対になります。 

家の形が宿命、家の中が運命となり、まさに陰と陽の人生なんです。私達の場合は妹が<陰>で私が<陽>の人生を歩んでいます。 

舞台設定は、同じ魂なのでもちろん一緒なのですが、その中でまさに真逆の人生を体験させられているのです。 

くわしく、家の形的な宿命を挙げたいのですが、かなりプライベートな家族構成にまで及ぶので、詳細な公表はできないのですが、言えることであれば、お互いの父親が同じような仕事をしていること、お互い2人きょうだい、お互い今は自営をしている、独身/子供がいない経験をさせられている、です。 

では、家の中的な運命はどうなっているのでしょうか。全く真逆なのでビックリしますよ。(^^;) 

妹の両親は彼女が子供の時に離婚。両親が毎日ケンカする中で泣きながら過ごした幼少時代。反対に私の両親は今も夫婦(ケンカがなんぼの大阪夫婦ですが...)で、2人から愛情を十分に注いでもらって成長した私。お互い2人きょうだいですが、私は姉妹の妹で、ツインソウルの妹は姉弟の姉であり、弟がいるのです。彼女は人見知りが激しく、私は誰とでも物怖じしないで話せます。体系は妹はスリムでスタイルも良く美人系で、私はぽっちゃりのスタイルイマイチのどちらかと言うとかわいい系。 

ちょっと挙げるだけでも切りがない程、対照的でありながら、根本は一緒という感じです。そして気持は言わないでも分かり合っているんです。 

ただスピリチュアルな面から言うと、私の方が先に進んでいるので、まだまだ妹はこれから魂の学びで私のレベルに追いついてこないといけないようです。でも<陰>として生きる彼女にスピリチュアルの原点である「無償の愛」を理解するまでにはかなり厳しいものがあると思います。彼女にとって一番の課題である両親を許すことはまだ出来ていませんから。私がもし彼女であったなら、私もたぶんそうなるだろうと思います。だから、私は一生それが無理でもいいと思っています。彼女はすでに私が経験出来ないことを2人の魂のためにがんばってくれているんですから。それだけで十分です。そして、そう言いつつ、彼女は絶対にそれを克服する時がくるとも私は分かっているんです。だって同じ魂だもの。彼女はやってくれる。絶対に。なのでどこか安心感があるし、スピリチュアルなレベルもすぐに同じレベルになるはずです。だって、去年1年だけでも妹はスピリチュアル的にとても成長できたんですもん。そして、その方面から私にアドバイスまでしてくれるようになったし。とっても心強いんです。 

その「愛」についてですが、彼女は「恋愛」に関する「愛」を追究したいようです。なので今後私が経験しないかもしれない、結婚、出産をやってくれるかもですし、私はというと、「万人への愛」を追究したいので、それに向かって走っていこうと思います。 

後日、あるお寺の神様に私が呼ばれたお話です。これがツインソウルだと決定づける体験談でもあります。 

余談:霊界道のHPのリンクでも紹介しているミキさんのサイトPlanet's Garden」ではミキさん(守護霊様とバリバリ話される方です)のトリプルソウルの話を読む事が出来ます。彼女の場合も3人とも女性ですね。ご興味がある方はその他でも彼女の霊団の方々の貴重なお話も聞けるのでぜひぜひ覗いて見られることをお薦めします☆



2007年01月19日