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Vol. 80 信じる者は救われる!?

と言う言葉をよく聞きますが、それってホント?の疑問に答えるような守護霊とのやり取りがあったので、これも書き記しておきます☆ 今回はテーマはタイトルの通りですが、それ以外にも人生のヒントが一杯含まれている内容です。この日記は読み返す時々に、それに合ったヒントが見えてくる内容となりそうです。 

その前に予告しておいた、とあるお寺の神様に呼ばれた話を書かなくてはなのですが、先に書きなさいと言われているので、先に書かないといけないことを書いていきたいと思います。この日記の順番も必然で霊団の導きのまま進んでいきます。たぶん明日にはそのお寺の話が書けるかと思いますが。 

昨日TVを見ていて、ふっとすごい疑問が沸き起こりました。TVの内容は覚えてませんが。(^^;) 

その疑問とは: 

私「私は自分の日々の生活に感謝をしながら生きています。その一つは今住んでいる私の街は大好きで、ここに住めていることに感謝をしているのですが、もし、他の土地に行っていたなら、もっともっと素敵なことがあったかもで、今の感謝って、ほんとうに感謝に値するものなのか?もしかしたらとっても損なことに感謝しているのかも?」 

なんてちょっと歪んで考えてみました。するとすぐに指導霊参上。 

指導霊「感謝とは信じることと共通しておる。感謝をすることは、その感謝をする出来事を信じているからこそ感謝できるのじゃ」 

私にとってはなるほどなお言葉でした。例えば、両親に感謝をするってことは、両親の存在や行いを自分が信じれるから感謝が出来るってこと。「信じる」とは「認める」「受け入れる」とも共通しているのだと思います。なので、もしかして他の道を進んでいたら?って思うより、今を自分が信じているなら、感謝に値するものであるってことだと理解できました。 

さらにこの言葉で、今年はじめに指導霊から言われた言葉を思い出しました。 

友達が家に遊びに来て、彼女が「霊気のクラスを受講し、先生からアチューンメントをしてもらったけど、家に帰って旦那に試してみたけど全然出来なくて、あの先生って本物なのかな・・・」と、お金を無駄にしているのではないかと話していました。そしたら指導霊が「信じる者は救われると一緒じゃ」って伝えてきたんです。要は自分が「この人本物だろうか。私は本当にアチューンメントで出来るようになるのか」という不安があるとその波動が出て結果は「出来ない」という結果になるってこと。「この人の力を借りて私は出来るわ!」って思うことで「出来る」という波動が出て結果は「出来るようになる」ということ。もちろん、先生もその場合本物でないといけないのですが、経歴を見るとそれはおのずと分かってくるはずで、ある程度という先生であっても、あとは信じることですごいパワーが出るってことです。信じた者勝ちとも言えます。 

信じることって感謝を生み、愛を生み、最後はその波動が人生をよきよう導いてくれる。すなわち、救われるってことなんだなと痛感する次第です。 

大切なことは「自分の人生をしっかり信じて生きる」ことだと思います☆


2007年01月22日

Vol. 79 慈悲と自己満足

前回のVol. 78で「哀れみ」について指導霊からメッセージがあったのですが、それは私が某芸能人の娘さんの事故死を知って「これは親にとっては辛すぎる」と考えていたら、「それでは哀れみについて話そう」と指導霊がメッセージを送ってきたものです。 

前回のメッセージだけでは書けなかった、もっと分かり易い説明がその後私と指導霊との会話であったので、なるほどと思うことなので、みなさんにも気持をシェアしていただければと書き記します☆ 

指導霊「おまえのその哀れみは自己満足だと言える」 

私「ええええ〜!なんで?心から傷みを理解しようとしているし、ほんとに親にとっては辛いと思うのですが...。では私のこの気持は蔑みや見下しも入っているってことですか。それは絶対にありえません」 

指導霊「可能性としてはそれも微妙にあり得るので、内観せい」 

私はその後内観して気持を整理することになりました。霊界の法則を知っている私は「死」について悲しいという気持はしばしの別れへの悲しさになっていて、悲しむなら、そのしばしの別れと、辛い死に方ならそれに対してであり、亡くなれた娘さんは肉体はなくなっても生きているし、そばにいるし...、でもそれを理解出来てない人達には「死」は辛すぎる、特に愛するものの死はと考えます。でもそれがもし、慈悲でない哀れみであるとするならば、「霊界の法則に気付いている人、気付いていない人」との区別化を私自身がしている可能性があるってことだと内観しました。 

私「なるほど。区別をした気持がどこかであるなら、それは霊界の道として完全ではないってことですね」 

指導霊「そうじゃ。それは奢りに繋がる紙一重だからじゃ」 

私「それが怖い面での自己満足になるわけですね。危ない所でした。ありがとうございます」 

指導霊「それではおまえは、今回のこと、相手に対してどう思う」 

私「改めて考えると、やはり親の気持を考えると辛く悲しいことであると胸が痛くなります」 

指導霊「慈悲と自己満足の違いはそこなるぞ」 

私「へ?」 

指導霊「もう一歩魂を磨きたいなら、自己満足から、慈悲の気持へと移るのじゃ」 

私「?」 

指導霊「悲しい辛いであろうと相手の気持を理解しようと同情することも気持としては正解じゃ。でもそれだけなら自己満足で終わってしまうじゃろう。それを慈悲の気持に変えるには、同情の気持から、さらに相手のために祈る事。それが慈悲の気持なのじゃ」 

私「ご家族の心の悲しみ傷みが少しでも癒されますように。そして娘さんが成仏できますように...」 

指導霊「そうじゃ、その気持こそ慈悲の哀れみなるぞ。相手のために祈ること、それ大切なるぞ」 

大変貴重な守護霊からのお言葉でした。哀れむことは一歩間違うと奢りや見下しといった怖い面の自己満足が存在すること。そして、慈悲の上でなりたつ哀れみ(いわば魂に響く哀れみ)とは、同情からさらに進み、その人の為に心から祈り願うこと。霊界道の教え、まだまだ一杯あります。


2007年01月21日

Vol. 65 友情か紅白か

タイトルからして「紅白より友情だろう」って感じなんですが、ミーハーな私はそれでも「紅白」を優先してしまうのです。(今年の紅白は見たい人が一杯☆スマップの「ありがとう」、TOKYOの「宙船」、かわいすぎるWaTも見たいし、絢香の「三日月」やDJ OZMAのパフォーマンスも見てみたいし...) 

知り合いからの「紅白を見ながら年を越そうパーティー」と、ベストフレンドの「家で地味に鍋つつかない?年越し」と今年は二つお誘いがあります。 

普通ならベストフレンド(以前も『命数』で書いた17日生まれのベストフレンド)からのお誘いを優先するのが普通なんですが、ベストフレンドの家って事情により紅白が見れましぇん。ヾ(・・;)ォィォィそして私も事情により録画しておくってことが出来ないんです。(;;) 

ということでベストフレンドのお誘いは丁重に「断る!」と言いました。(丁重になってない...笑) 

そして彼女から先ほどそのお返事メールが来たのです。内容はなんとも切実な内容で、旦那様が今年は家にいなくて「子供と2人で過ごすのよ〜友情より紅白を取るなんて裏切り者〜」とメールが返ってきました。笑 

余談:私達って地球上で一番の親友同志なので、別に何をどう断ってもお互い全然気にしません。なので今回も「紅白見たいので断る」「裏切り者〜」と言い合ってますが、お互いがギャグ返しで返事をしているのです。爆 

でも彼女の状況を聞いて私は正直迷いました。やっぱりベストフレンドの所へ行くべきか...、いやみんなと紅白見ながらワイワイ楽しく年越ししたいし...。気持としてはベストフレンドの所へ行ってあげたいのは正直な所ではあるんです。 

私のベストフレンドは子供が出来てから当然なんですが、子供にかかりっきりなので、私のお誘いをことごとく今まで断って来て、ベストフレンドなのに全然会う時間が減ってしまったのです。1ヶ月に1度会うか会わないか状態。子供がいると仕方ないのは私も重々承知...でも私がほっぽかれた状態で、それでなくても、シングルの友達がほぼいないので、気軽に遊べる友達さえ少なくなった私に、ベストフレンドまでほとんど会えなくなるとは、めちゃくちゃ私にはキツイことだったんです。なので、私がこの時思ったことは「たまには向こうも同じような気持味わってもいいよね」でした。(^^;) 

しかし、やっぱり迷います。友達の切実なメールに「やっぱり彼女の所へ行こう!」と決心したとたん「でも自分が必要な時はすぐに私がいて、向こうはいいよな」って思いがぐるぐると...。笑 

もうどっちに行けばいいのか分からなくなって、指導霊に(かなりくだらない質問...^^;)聞いてみました。 

注釈:以下の会話ですが、実際は、言葉のやりとりしてたら追いつかないので、感覚で聞き取っていますので、守護霊の言葉は私が日本語に訳しています。(はっ、これを黒斎さんの言う訳すってことなのか?う〜それすら考えるのが今は面倒なのでとにかくそういうことです) 

私「どっちに行ったらいい?」 

指導霊「基本的にどっちもどっち。行きたい方へ行けばいい」 

私「私としてはベストフレンドの所へ行ってあげたいのですが、行くとなんとなくくやしいかなという気分に...笑」 

指導霊「おまえが決めることじゃ。それが自由意志じゃ。」 

私「え〜どうしよう...」 

指導霊「自分(Sarah)はどういう生き方をしたいと決心したんじゃ」 

私「万人に愛を、人々をハッピーに、そして愛とは見返りを求めない愛。どんなことも求められるなら受け入れること」 

指導霊「それならどっちに行くかは決まっておるじゃろう」 

以上 

の会話にて、すぐにベストフレンドに「紅白見なくても死にゃぁせんので、鍋に行かせていただきます!」と返事したのは言うまでもありません。笑 

ということで、ベストフレンドと鍋をつつきながら2007年を迎えたいとおもいます☆


2006年12月29日

Vol. 58 部屋が...

お風呂から出てきて出かける用意して、少し時間があったのでパソコンしてたら、髪の毛がひらひらと落ちる。「今日は良く落ちるな...。意味する所はなんだろう」と思うと「部屋を掃除しろってことね」と瞬時に気付く(この気付きがまさに霊界からのメッセージ)。で、意識を繋げると... 

指導霊「よどんでおる」 

私「へ?」 

指導霊「部屋が澱んでおる」 

そして、私は振り返って部屋全体をしみじみ見回しました。 

テーブルの上には会社のレシートやら新聞が積み上がり、部屋の真ん中には先日購入したレーザーカラープリンターの大きな空き箱が物置に仕舞われずにそのままに...。そしてフローリングの床を良く見ると髪の毛が何本も落ちてそのまま状態。ヾ(≧o≦)ノギャ〜☆ 

そりゃ、部屋の気も澱むわな...。汗 

まさに「お部屋」が「汚部屋」だもん。(ノ_・。) 

とういことで、すぐに掃除掃除! 

と思いつつ、今から出かけなきゃ〜。爆 

そして、クリスマスというのに、私は仕事が入って、24日はパーティーとミサに出席するので無理だし、25日26日には思いっきり仕事せずぐーたらしたいので、今晩徹夜で仕事をする予定で部屋なんて掃除している時間がない。(私は掃除し出すととことんやるので体力使うんです) 

ということで一体いつ掃除出来るのか...。25日にやるつもりですが、守護霊様、痛い所をついていらっしゃるのねん。(;;) 

ということでまず今日は徹夜でお仕事です。汗


2006年12月23日

Vol. 45 因果応報の時期

今日は大きなお仕事が終わったので、その仕事関係の人と打ち上げを某レストランですることにしました。 

レストランのオーナーはダンディーなおじさまで、義理と人情に溢れた「寅さん」みたいな素敵な人。なのでファンも多いのです。私もその一人☆ 

オーナーさんと何気ない話をしながら、美味しい料理を堪能するのは楽しみの一つ。しか〜し!今日の彼からのお話はショックな話でした。(;;) 

数ヶ月前に人から殴られたというんです。それも5人から...。私は彼が事件に遭った後も数回食べに来ていたのですが、初めて聞くことで、ビックリ。(彼もやっと人に話せるほど気持の整理がついたのでしょう) 

店が終わった深夜、電車で帰宅途中に、電車の中で、5人の若者に「金を出せ」と脅されて、「あるわけないだろう!」と座席から立ち上がったら、羽交い締めにされ、蹴られたそうです。深夜だったので車内を見ると自分とその若者達だけ。次の駅に着いたら彼らは逃走。オーナーは肋骨にヒビが入るケガをしました。 

オーナーはほんとに人が良くて、面倒見もよく、情に熱い人なんです。彼は犯人の若者達を恨んでいないと言います。ただ、もう一度会えるなら、「彼らは聞かないと思うけど、じっくり彼らと話をして、人としての道を教えられたら」と言いました。 

打ち上げの帰り道、バスに揺られながら「なぜにあんないい人がそういう目に遭わないといけないの?」とダメもとで(自分のことでないので、教えてくれるかわからなかったのですが)指導霊に聞いてみました。そしたら指導霊いわく、彼には過去に人を殴ったことがあるそうで、そのカルマが今来ているそうなんです。確かに彼は若い時に結構喧嘩をしたと言っていました。「ではなぜ今頃?今はすごくいい人なのに」。それに対して指導霊が言ったことは「もし、そのカルマとしての因果をもっと若い時にさせていたら、彼は怒りだけをその5人に持ち、またカルマを増やしたであろう。今だから(今までの人生で色々な経験をして学び成長したことで)彼が出した結論は5人を許し、反対に愛を持って彼らを諭したいと思っている。それこそがカルマの浄化なのじゃ。だから今であり、時期がある」 

私はこの答えを聞いた時に「因果応報もだてに、ただやったことが計算なしに返ってくるってことではなく、霊界は愛のもと、その魂にとって一番学びとなる良い時期、そのカルマを浄化しやすい時期に起してくれているんだ」と、とても温かい気持になりました。やっぱりただ否応に試されている人生ではないってこと。全てに愛があって必然を作ってくれているってこと。すごい。やっぱりこの世の法則は全て愛から始まっているということを再認識させられた日でした。 

追記:ということは反対に、魂が向上していかないと、やはりいつまで経っても、カルマを浄化するチャンスさえ頂けないってことでもあるのかなと思います。そして、ここまで良い時期を作ってくれていてもうまく浄化出来ない魂もあるということ。(自由意志ってそう言う所が恐ろしい...苦笑)出来ればそのチャンスが来たなら逃さないようにしたいと切に思います。やはり日頃の行いと心の持ち方が大切です。



2006年12月13日

Vol. 31 △はエネルギーの源
朝、意識が目覚めるか目覚めないかの時に前回の「界而」みたいに言葉や映像が降って来る事が多いのですが、たぶん、こういう時の感覚がトランス状態なんだなと思います。

そのままを文章にしますね。私と霊界とのやりとりです。

霊界:戦争が飛び火すると 三角の力が小さくなる

それで目が覚めて、

私:三角って何?(ってすぐに聞いたら)

霊界:エネルギーの源(と返ってきました)

私:それを日記に書いていいの?そんなこと話したら(バラしたら)邪気がそれを知って戦争をもっと広げるかもよ。

霊界:すでに彼らは知っている。だからみんな(私達)に知らせていい。

以上です。

私最近つくづく思うんですが、今すごく一人一人の心のあり方、進み方が大切な時期に来ていると思います。
 

2006年12月01日


***


2015年8月3日現在

今2006年のこの日記を読んで指導霊に「エネルギーって丸じゃないの?」って聞いたら、「丸は愛のエネルギー」と返ってきた。

では「三角と丸のエネルギーの違いは何?」って聞いたら、「おいおい話す」とのこと。この日記の移行が終ったら話が聞けそうな気がする。

Vol. 14 視察団
今年の夏、お稽古事の帰り道、ふと空を見上げると、真っ青な空に大きな入道雲、それもほんとに食べれそうなほど、もくもく、ふわふわした真っ白な雲達が浮かんでいました。

*私は空が大好きで、雲や星を見るため、良く空を見上げます♪

神様の雲みたい!って思っていたら、守護霊が、「色々な神様が視察に来られている」と教えてくれました。「視察?」なんじゃそりゃ?って思いましたが、ずっと雲を見ていたら、神様が顔を出していました。私がみたのは2人でした。子供みたいなお顔の方と七福神のようなお顔の方と。

それを見上げながら「私の大好きな街に来てくれてありがとう!私も、私の住んでいる街の人達もがんばって生きています!」って声をかけました。

神様達、私の大好きな街を気に入ってくれたかな☆

 

2006年11月07日

Vol. 11 比較

この週末に「指先でつむぐ愛」という視覚と聴覚を失った盲ろう者の実話を元にしたドラマを見ました。

私は仕事柄、不規則なので、見たいTV番組は録画が多いのです。

田中美佐子さんが大好きなので、見たのですが、見る前は悲しい話なのではと思っていたのですが、良い意味で期待を裏切り、障害がありながらユーモアを大切に講演活動や夫婦生活を送っている姿が、とても微笑ましく、そして癒されました。

そして今日電車の中で、ふとそのドラマのことを思い出し、視覚と聴覚を失っている彼の方が、目も見えて耳も聞こえる私より全然心が豊なのではと、考えていました。すると、身体に違和感が。

守護霊の考えと私の考えが一致しないと、身体というか、意識が反応する状態があります。何か背中が冷めるというか、不思議な感覚なんですが、その現象が起きると、「ああ、守護霊が何か諭そうとしているな」と耳を傾けるようにしています。

この時守護霊が「人は人(魂それぞれがそれぞれの学びがある)、だから、自分よりどうとかなど他人と比較する必要はないのじゃ」と言いました。「Sarahも自分の宿命の中で十分がんばっているではないか」と。

そうか、私の魂も魂なりに今生の使命を全うするべく、いつもがんばっているんだもんね。そして、そんな私の魂の成長を暖かく見守ってくれている霊団の人達に改めて感謝です☆

他人を見て見習うべき所はあっても、建設的でない比較はすべきでない。また一つ霊界道への道を教えていただきました。


 

2006年04月17日