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Vol. 54 見せた理由

Vol. 53で紹介したブログ「あの世に聞いた、この世の仕組み 僕と、僕の守護霊のコミュニケーション記録。」

なぜ守護霊は私に今見せたのでしょう。読み始めた時から読んだ後に理由は分かるなとわくわくしながら12月現在まで一気に読みきりました。 

理由は二つが大きなことでした。 

一つは望みを叶える方法。二つ目は事実を確信させるため。あと細かいことでは霊界とのより良いアンテナの合わせ方でしょうか。 

望みを叶える方法をとても分かりやすく雲黒斎さんが説明くださっていて、これは頭で理解していても心までの理解がまだまだ出来てなかった、私が一番成長してない理解課題だったんです。守護霊はそれを雲黒斎さんの力を借りて教えてくれました。今とてつもなくすっきりしています。アニメ「銀河鉄道999 パート2」で暗闇の中で機械人間と戦う鉄郎に同士が言うセリフ「(こちらがじっとしていれば敵は)向こうからやってくる」だから暗闇の中で自分が見えないのに動かなくてもよくて、相手を待てってことなんですが、この言葉がずっと私の中で印象に残っていました。スピリチュアルに気づいてからさらにこの言葉の意味がひしひしと理解できていたのですが、今回のことでもまさにそういうことなのかと!向こうからやってくるけどそれを引き寄せよと。「思い描く理想を曇りなくイメージできるとそれは現実になる」とは色々な本や人からも聞いていたのですが、どうも心からの理解が出来てなく、いつもなぜかネガティブだった自分。それを守護霊はずっと気にかけてくれていたんですね。100%心からようやく理解できました☆ 

二つ目の「事実を確信させるため」は、雲黒斎さんも同じ道を通っていらっしゃったのに思わず苦笑いなんですが、私もいつもこれはほんとうに正しいメッセージなのか、現実なのかの迷いが出るときがあって、こういう考えだと低級霊がきちゃうよと、また不安になったり、守護霊とのチャンネルが上手く合わなくなってしまうような感じがして・・・の不安定な状態になるときがあるんです。守護霊はその不安定な私の気持ちを自信へと確信させるために彼のサイトを読ませたようです。私が悟った気づきや、守護霊のメッセージと重なっていて、やっぱりちゃんと霊団のメッセージを受け取っていることの再確認させてもらえました。霊界のことなので、私も同じ事を書いてる部分がありますが、私の場合は守護霊から直接言葉での説明ではなく、ほぼ体験させられて自分で気づく方法で学ばされているので、守護霊から直接説明を受けられている雲黒斎さんの方が断然説明がうまい!(まして翻訳するのにとても勉強されたようですし)それも守護霊さんの性格もあるかと思いますが、それはそれで、雲黒斎さんが表現すべき役割、私が表現すべき役割が個々あるのでどちらももちろんアリなんですけどね。感謝☆ 

あとは、チャネリングの周波の合わせ方。これは大変ためになりました。とても分かりやすい。これでもっと霊団の人たちと交信しやすくなるかもです。訓練してみます。 

ということで、この日記を雲黒斎さんご本人がご覧になるかわかりませんが、ブログにリンクを張らせてください!! 

黒斎様、そして彼の守護霊である雲様、ありがとうございます☆ 

必然の出会いに感謝♪

 

2006年12月20日

Vol. 50 ドラマから想うこと

私はドラマがとにかく好きで、若い時もデートの誘いを断ってまでドラマを見に家に帰るほどでした。苦笑 

今クールのドラマで、見続けているのは結構多く、珍しいかも。いつもは2ドラマぐらいしか最後まで見続けるのはないですから。 

そんな中、とても大好きで、いつも愛をくれる心がぽかぽかするドラマが「僕の歩く道」です。 

このドラマを見ている時って、「かわいい〜〜〜〜」「そうだよね、そうだよね」なんて泣きながら言っている自分がいます。悲しくて泣けるのではなく、愛に溢れて泣いてしまう。なんという温かいドラマなんでしょう。あの空気感がサイコーに素敵ですね。 

主人公の自閉症輝明によって周りが変わって行く姿がとてもとても温かく優しく描かれています。 

私はこのドラマの中で、孝太郎がとっても気になるんです。輝明の兄の小学5年生の一人息子。なぜなら、私は彼のようにはなれなかったから...。 

私が小学校2年生の時、クラスに少しみんなと違った子がいました。いつもは普通なんですが、時々、動作がピタっと止まってしまうんです。それが5秒ぐらいでしょうか。全く動かなくなるのです。クラスの並ぶ順番は背の高さや名前順で決められます。私とその子は背も同じぐらいで、名前もとても近くて、机は隣りどおし、給食当番でも食器を運ぶのも一緒。遠足でも並んで歩くのも一緒だったんです。でも彼と行動すると、いきなり動作が止まるので、私はそれが小さいながらとても嫌でした。普通じゃない彼と一緒に行動しないといけないのを恥ずかしいとも思っていたんです。 

今、思うとなぜに彼と一緒にさせたのかとても理解できます。私にはその時学ばないといけない事があったからです。自分と違う人もいることを知り、偏見なく受け入れることを学ばされたのだと思います。 

私はその学びのカリキュラムに合格したでしょうか。残念ながらその時は全くしてないと思います。ただ、そういう嫌だと思った感情は、成長する過程で、罪悪感となり、申し訳なかったという気持になっていきました。それがもしまだ学びのカリキュラムとして継続していることなら、ようやく一歩成長できたのかもしれません。でも、その当時彼を受け入れられたらどれだけ良かったか...。 

だから、孝太郎はすごい子供だなと思うんです。都古ちゃんもすごい子供だったんだと思うんです。 

私は若い時の罪が多くて、やっと今心から本当の意味で愛とはどういうことなのか理解できたばかりです。そして一歩一歩徳を積む人生を進みだした私ですが、それは贖罪の日々でもあると言えるのでしょう。 

守護霊様、ほんとに長い間、私を待っててくれてありがとう。そしてごめんなさい。 

「僕の歩く道」はこの火曜日最終回ですか。私はまだ8話までしか見てないのですが、終わりまで楽しみにしています。


2006年12月18日

Vol. 44 あるがままである理由

ここずっと守護霊は「あるがまま、なすがまま」というメッセージを送ってきます。最近の日記に書いてある私の霊界からのメッセージを読んでいただくと分かります。 

私はこの「あるがまま」をもう少し分かり易く理解したいと思っていました。「あるがまま」とは「どんなことも受け入れ、自分自身の思うまま」ということ。そこまでは理解できるのですが、もう一歩何か具体的なものがほしいという感じでした。それを守護霊に直接聞く事が出来なかったんです。自分が無心で質問できないからです。邪念が入るので正しくメッセージを聞けないんです。私が聞きたいと思う事は多々「学びにならんので、自分で模索し考えろ」って言われるんです。汗 要は簡単に答えを見つけるのではなく遠回りしなさいということ。その答えを見つける模索の過程にまた多くの学びがあるからなんです。 

そして模索していたら、守護霊が現世のものを使って教えてくれました。まさにあるサイトの中に私がこれぞと思う答えがあったのです。 

霊界道のリンクページにリンクを張らせて頂いている「小松英星」氏の「ガイア・アセンション」シリーズにそれはありました。 

彼のサイトを久しぶりに覗いて、いつも楽しみなのが「Q&A」で、彼のアンサーはいつも感心することばかり。そして、彼が解説をして出版している本バーバラ・マーシニアック著の「アセンションの時代」からの言葉の一節に答えがありました。この本は著者がチャネリングしたプレアデスからの地球人へのメッセージ集なんですが、プレアデスのメッセージの中での一節です。 

「物事は起るがままにしておいてください。ひとたびあなたがそうすることに決めると、スピリチュアルな世界は、みずからを明らかにしてくれます。」 

それが守護霊が言う「あるがまま、なすがままで進め」ということなんだと。まさに「来るもの拒まず、受け入れるなら」ってことなんでしょうか。そうすることでより多くの道しるべが見えて来て(彼らの方から明らかにしてくれる)、浄化や成就、正しい方向性に向かうことが出来るのだという事! 

なんか気持がすっきりしました。(^^) 

小松さん、貴重な情報ありがとうございました☆



2006年12月13日

Vol. 35 日記への想い

11月に入って、日記を再開し、自分の感じる、想うことを徒然なるままにかき綴っていますが、日記に書いて、ネットに載せるということは、読んで下さる方もいらっしゃるということ。感謝で一杯です。 

ただ、私が日記やサイトに書く事は、決して「必ず私の通りにした方がいい」と言っているものではなく、私が経験してきたことを感じたまま書いているだけなので、私の日記やサイトに辿り着いて下さった方々に「100%の理解」や「同調」をしてほしいとは私は望んではいません。また、そのために書いているのではありません。なので、私の書いていることを理解や同調できないから、自分はダメなんではないかとも思ってほしくはありません。 

読む人は個々生き方や習慣、霊的に言うと学びのカリキュラムも違うのですから、理解するのではなく、どんな形であれ、喜怒哀楽のどれかから、私の日記やサイトで「何か」を感じって取って頂く事が出来ればと思っているだけです。その何かがたとえ反発や憤りだったとしても。敢えて言うなら、そこに「何か」の気持が残ったなら、それが私にとっての日記やサイトを公開している意味があると思っています。 

今後もあるがまま書き綴っていき、私も一歩一歩学んで行きたいと思います。

2006年12月03日

Vol. 34 座右の銘

高校生の時にみたTV番組で話す女性の言葉に衝撃を受けました。それがずっと私の心に残り、親元を離れて一人で生活するようになって、それからの私の座右の銘になっています。 

ニュースではなく、ドキュメンタリー番組だったと思います。番組ではアメリカで身障者の若者達に社会に出るための仕事を教えている女性にインタビューをしていました。その女性が言った言葉。 

「私達は彼らの何が出来ないのかを見るのでははく、彼らの何が出来るのかを見るのです」 

この言葉は私の人生の中でほんとに衝撃的な言葉でした。私はいつも相手の出来ない所を見ていたのではないかと。そうではないんだと。相手の出来ない所を見るのではなく、相手の出来る所を見て接していくということなんだって。 

人にはそれぞれ個人差で才能の違いがあります。それをただ自分と違うから自分はこれが出来るのにあの人はこれが出来ないから全てがダメだと決め込むことが多いんです。それでその人全てを判断してしまったり。 

そうではないってことに気付かされました。相手の出来ない所を見るのではなく、その人は何が出来るのだろう、ということを見ると、人を100%嫌いになれない自分がいました。 

例えば、英語で「book」って言葉を知らない人がいます。英語で「book」を知らないってバカじゃない?って思うかもしれません。その人の全てを「あの人ちょっとバカだよね」って言うかもしれません。でもその人は「book」は知らないけど「encyclopedia」という英語は知っているんです。「book」は<本>、「encyclopedia」は<百科事典>という意味です。同じ本でも「encyclopedia」の方が知らない人が多いはず。 

人それぞれに出来る所があるんですよね。なので自分が出来ることを相手が出来ないからと言ってその人を否定することはなんと心が狭いことなんだろうと。そして私も反対に人からそういう理由で否定されたこともありました。なので海外に飛び出したのかもしれません。人を簡単に見下す人達にたえられなくなって...。そういう定規でしか人を判断しない人達に心が押しつぶされそうになって。海外に出て、反対に彼らを見下してやるって、とにかく外から日本を見たかったんです。大学を1年休学して海外で生活をしました。人種差別という新たな初めての経験もして、1年後、日本に帰国した時は、自分が海外だととても生き生き出来たこと、人種差別という生まれながらに変えることの出来ない人体的なことでの不条理な差別の体験、そして、日本という国をとても愛している自分と向き合う事が出来ました。この経験で学んだことは、今後の人生に大きく影響していきました。 

そして、また、その彼女の言葉に戻るのですが、高校生だった私はこの言葉に衝撃的な感動を受けましたが、まだまだ子供、おこちゃまですから、それを実践するまでにはなかなかって感じでしたが、それから人を見る目が変わったのは確かです。そして人を100%嫌いになることがなくなったのも確か。どんな人も100%悪い人はいないって思えるようになりました。どんな人も魅力的な所が必ずある。そして人の出来る所(得意分野)に気付いて尊敬するようになりました。そうすると、どんどん人を嫌いになることがなくなっていきました。どんな意地悪と思う人も、どこかいい所があるはずって接して行くと、気が付くとその人のことを好きになっていたり、かわいいと思えたり、素敵だなと思えてくるんです。そうすると相手の私に対する態度も変わってくることがあります。そいう時にさらに気付いたことが、やはり自分が変わらないと相手も変わらない、自分が変わらないと、周囲も変わらないってことに。 

「私達は彼らの何が出来ないのかを見るのでははく、彼らの何が出来るのかを見るのです」 

この言葉は今も私にとって大切な大切な座右の銘です。

2006年12月03日

Vol. 32 気づきの時代
私の日記のタイトルっていつも読む気をそそらないタイトルのような。。。笑 でも、平凡でもいい、逞しく育てば。なんて。(^^;)(なんかとてつもなく古い時代のCMのフレーズもどきなんですが。年ばれる?いっいや、昔を振り返る的な番組で見たCMです!と言っておこう。爆)

よく昔は、「あ〜なたわぁ〜、か〜みを、しんじぃ〜ま〜すか〜?」(なんか、のだめのミルフィーになってる?苦笑)とイケメン外国人の人が聖書を抱え、自転車に乗って伝道している姿を見たものです。って、ほんとうにそう言って伝道していたのかしらですが。

つくづく思うのは、今の時代、「信じる信じない」の時代ではなく、「気づくか、気づかないか」の時代だということ。そして多くの人たちがすでに何かに気づき始めています。

これだけ多くの情報が散乱する世界のなか、何を信じていいのかなんて、もう分かりません。なので信じるか信じないかではなく、自分がその情報の世界や、日常の日々の生活から何を気づくかがポイントなんです。

それは個人個人の意識の自立の始まりなのでしょう。それぞれがそれぞれに感じ、読み取り、自分の中で何かに気づいていく。そして自らの意識の自立から生まれた気づきは、気づくとみんなと同じ方向へ向かっていることにさらに気づくはず。自立ではあるが、一つの意識にみんなが向かっているということに。それは全ての魂と一つになるために。

私自身は石の事件で守護霊の存在を信じたのではなく、気づいたこと。そしてそれからの霊界の道、今生の生き方は全て気づきから学んでいっていること。

そう、気づきの時代、今すでに始まっています☆

 

2006年12月02日

Vol. 26 SとMの世界
すごいタイトルで始まる日記...。笑 私の好きなさいとうちほさんの漫画のタイトルでもあるこの「SとMの世界」。今日のテーマはずばり「SM」です。ひえ〜!笑

と書いていて、さいとうちほさんのこの漫画、連載ものですが、2巻以降全然出てないんですよね。(^^;) で、私はすでに内容も忘れています。爆 サド、マゾの話ではなかったのは覚えていますけど...。笑

スピリチュアルなことに気付いて、何事も「受け入れる」ところから始まるというのを学んでから、「そう考えると人生ってMじゃないとやってられないなぁ」って一人愚痴っていました。苦笑

私は今までずっとSで生きてきましたから。全てに攻撃的で勝たなくちゃって思いがあって、「人生って全ては勝ち負け」と思い続けていたんです。それも生きる糧となるなら悪い事ではもちろんありません。しかし、それを経験した人は反対も経験しなくてはならないのだと思います。どちらが先に来るかは人それぞれ。そして自由意志が左右するかと思います。

「受け入れる心」まさにそれは「M」の思考。マゾ的意識です。私が私がと我先にバーゲンの争奪戦を演じるのではなく、受け身になることの大切さが霊界道の教えでもあり必要なこと。でも心からの理解が私にはまだまだでした。でも最近自分が理想とするMの意識がようやく心で理解出来、思考と行動が一致してきました。

「受け入れる」とは「許す」心であり、
「受け入れる」とは相手を「認める」心である。

そして、それを心から理解出来てくると、

「受け入れる」とは「包容力」であり、
「受け入れる」とは「無償の愛」である。

と気付きます。(箇条書きになると守護霊からのメッセージ性が強いってこと。私じゃない誰かが書いていると箇条書きに自然となるようです)

「無償の愛」それも差別化のない、誰に対しても愛情からはじまる心。(まさに受け身から入るってことですよね)その意識をますます高めていきたと思います。
 

2006年11月27日

Vol. 24 久しぶりの激痛
う〜ん、今日はちょっとやばかったです。久しぶりの頭痛。それも激痛。

私は身体に出る霊症って頭痛にくるんです。今回で4回目。最初は石の事件の時、次は友達と会った時、3回目は知り合いのお通夜、そして今回は「オーラの泉」を見ていた時。

私は事情により、TVって録画したものを見るんです。そして時間のある時に一気にみちゃうんですが、いつも最初に見るときは「オーラの泉」から見ます。でも今日はなんか最初から見る気がしなくて、「あれ?どうして見たいと思わないんだろう」って思っていたんです。

今回は酒井美紀さんと沢村一樹さんの回。でも見たくなかったので、違う番組から見ていて、それが終わったので、じゃあやっぱり「オーラ」だなって見始めたんです。最初は酒井美紀さん。国分さんが「それではオーラのカルテを作っていただきましょう」と言って、江原さんがオーラのカルテを作り始めた時から、激痛が襲ってきました。なんか最初から酒井さんの容姿、髪型から服装、顔つき全体が気になって見入ってはいたんです。

その頭痛は半端でない頭痛で、吐き気と激痛で意識が朦朧としてくるほど。私は今は違うんですが、昔は頭痛持ちだったので、頭痛が起きると、霊症なのかただの頭痛なのか分からなくなってしまうんですが、こりゃもうだめだ〜ってなりかけたら、番組が終わって沢村さんの回になったら頭痛が引いていったので、霊症だったと確信できたわけです。

以前も友達に会う前から頭痛がして、友達と会って、別れた後、頭痛が引いたことがあったんです。どなたかが、他人の気を受けやすい人は、その人に悩みや不安があると、自分の身体に影響するって言っていたように思うのですが、酒井さん、ほんとはもっと聞きたいこと、心配なこと、悩みがあったんではと思います。江原さんも美輪さんも何もおっしゃらなかったので不思議なんですが、たぶんTVでは言えないことだったのかもしれません。または、真実の何かを言い当てられるのを恐れていたか。いつもゲストの人からは温かい気が感じられるのですが、酒井さんからは冷たい気、心を閉ざしたというか、何か素直でない感じがしたんです。なので特に後半、江原さんが霊視を本格的にはじめた時から画面から負のエネルギーがすごい出ていて、普通は私は跳ね返すのですが、今回はその強さに負けてしまったようです。(ToT) 思えば酒井さんの回ってどんな内容だったかも思い出せません・・・。

30分前に沢村さんの回(は、楽しく見れました)が終わったのですが、今も手に冷や汗かいてますし、頭は激痛だったので麻痺した状態。汗

収録からかなりの時間が経っていると思いますが、酒井さん、今は大丈夫かな。愛の光を一杯受けられて、心が元気なっているといいのですが。


2006年11月25日

Vol. 18 占いの真理?
う〜ん、毎日何か日記を書こうかなと思ってその日のテーマが浮かんでくるのが、いつも同じ時間帯...。笑 その時間帯はまさしく深夜です。(^^;) 丑三つ時の辺りなんです。笑

今日はもう寝ちゃおうかなと思っていたんですが、書けと誰かに催促されているので書きます。(守護霊のどなたかですね)

でもこうすることが、私が将来天職としてやりたい自動書記やリーディングに繋がっているのかもしれません。まずは訓練、レッスンのようです。

えっと、今日のテーマは「占い」です。占いって何?統計学?それとも...。って感じですが、今日は占いでも特に有名な細木さんの六星占術について話してみたいと思います。なので、「占いの真理?」ではなく、明確に言うと「六星占術の真理」ですね。六星占術ってどうしてあんなに人気なの?細木さんはなんなの?って思っている人向けです。

まず、私自身は占いというものをどう思っているかというと、「何かする時の目安として、自分に合った占いがあるならそれを活用すればいいのでは」と思っています。否定はしませんし、実際に占いって楽しい、面白いですよね☆

では私は活用しているのかってことですが、今は霊界からのメッセージを聞きながら生活しているので、私には占いは基本的に必要なくなりました。特に六星占術は私は卒業生ですね。

注釈:方位/風水は占いというより、霊界からのメッセージを昔の人が受け取った記録なので、「学」が付く方がいいのかも。方位学や風水学なんでしょうね。

卒業ということは、以前は利用していたってことで、母がとにかくすごくて、母の影響で、学生時代からハマって、10年近く盲信というか、六星占術は絶対に当たる!状態でした。(^^;) だって、看る人看る人、六星占術の通りなんですもん。それに特に六星占術で当たっているなと思ったのが、自分から見て、相手が大殺界に当たるのかどうかってことです。この人とどうもうまくいかないなと感じて六星占術で調べると、自分から見て、健弱だったり、乱気だったり、大殺界だったり。これはマジですごい的中率でした。

そんなこんなで、ほぼ10年盲信し続けて、毎年6星のハンドブックが発売されますが、6星全てのセットボックスを買っていたほどです。そして、何かするなら、その日も運気がいい日をそのハンドブックで調べてから決めたりしてました。もうそれがないと何も行動出来ないって感じでした。

しかし、それから卒業したのが、やはり霊界に目覚めてからです。この世に偶然はないって知ってから、そういった占いが自分の中で意味をなさなくなったのです。そして、魂のランクが上がると、六星占術が当たらなくなってくるんです。

六星占術を否定はしません。ある魂のレベルには適応しているからです。やはり統計学ですし、これだけ多くの方々に読まれている占いだけあって、パワーも違います。

「ある魂のレベル」と述べましたが、ただ、魂のレベルによって、占いもレベルがあるってことです。

六星占術は大衆占いで、人間のほぼ平均的な魂のレベルの人はとても当たると感じるはずです。それ以下、それ以上の魂のレベルの人は「あれ?」って思う所があるはずなんです。そして、それ以上の魂のレベルの人で六星占術を信じている人は自然と六星占術への関心が薄れてくるはず。そしてそれでも占いが好きな人はさらに高い占い波動を持つ占いに関心が向いていくかと思います。平均以下の魂のレベルの人もその反対で、低い波動の占いや教祖的な人に惹き付けられるでしょう。

注釈:魂のレベルって、階級があるのですが、高いから偉い、低いから偉くないとは考えないでください。どんな魂でも私達は対等であり、一体であり、自分の一部です。偉い偉くないの次元ではないです。ただ成長によって波動の高さが違うということです。

ではその一般的な魂のレベルの占いを作った細木さんはどんな魂なんでしょうか。

彼女はもちろんそれなりに素晴らしい魂の持ち主です。特にここ数年、彼女の魂のレベルは向上しているはず。ただ、彼女に大きく影響を及ぼしているのが、自然霊です。守護霊達はその陰に隠れちゃって、本来の力を発揮出来ていない状態。バランスが取れてないんですよね。そしてその自然霊も低級ではないですが、高級ってわけでもないんです。そこに、六星占術のレベルが人間の平均的魂のレベルと一致し、お互いの波動が引かれ合うから、これほどの人気を獲得出来ているということです。

とうことで、ある意味、六星占術の人気に陰りが出てきたり、当たらないと感じる人が増えてくることになれば、日本人の魂のレベルが上がっているってこととも言えるのだと思います。
 

2006年11月14日