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Vol. 89 愛の波動

1日1回何か一つでもいい、愛の波動を送りましたか☆ 

愛の波動とは見返りを求めない愛の祈りです。 

今日、あなたを清らかなエネルギーで包んでくれる植物に、愛の奉仕をしてくれる動物に、温かい愛情で支えてくれる家族に、勇気や励みをくれる友人に、暖かな日差しをくれる太陽に、潤いをくれる豊かな水に、爽やかな気持にさせてくれる風に、生きる活力をくれる自然の恵みに、身近で些細などんなことでもいい、愛の波動を送ってみましょう。 

そして、さらに出来るなら、日本に、世界に、地球に、愛の波動を送ってみてください。あなたの波動は宇宙にとっては小さい小さい波動かもしれません。されどそれは天に確かに響いています。あなたの波動はとてつもなく価値のある波動です☆ 

愛のドネーションはいつでもどこでも何回でもあなた次第です。そして波動を送る時は必ず笑顔で送って下さい。(^^) 

今日、何かに愛の波動を送りましたか☆

2007年02月03日

Vol. 85 課題の一つ

25日は反省しました。私が優柔不断で、今だ克服出来ないことの一つを再度戒められました。 

それは同調の言の葉です。>< 

人との関わりでは、自分はそう思ってなくても、相手の話の腰を折るのが悪いという気持ちから同調して「そうそう」と言ってしまう時があります。それが差しさわりのないものであればいいのですが、霊界道に反することであると即表面化して自分に返ってきます。 

25日はしてはいけない同調をやってしまったんです。自分でも「これはいけない」と思っているのについつい「そうそう」と・・・。 

今回の霊界道に反する言の葉はまさに「心無い偏見」です。要は見た目や仕事、学歴などで人を判断してしまうことです。 

その日は知り合いの方とランチを食べたのですが、その方が住んでいるマンションの上の住人がうるさいと話していたのです。うるさいことは迷惑なのでその通りなのですが、彼女は上の住人を見た目でも心無いことを言っていたのです。それは違うだろうと思いつつ、ついつい同調してしまいました。 

その日ランチが終わった後、買い物をしたのですが、全然私が悪くないのに、レジで並んでいて嫌な思いをしました。「あれ?なぜにこんな出来事が?」と最初は分かりませんでしたが、その夜、口の中が切れているのに気付き、そこから今日の嫌な出来事も納得がいったのです。 

私は過去によくない言霊を発すると、すぐに口の中を怪我していました。全く怪我する理由がないのに不思議に口の中が切れていたり、血だまが出来ていたりと痛いのです。そして因果応報的な出来事が起こります。 

今回も同じことが起こりました。ランチで知り合いの方の心無い偏見に私が同調したことへの代償だったのです。それはカルマを生んだことへの因果応報であり浄化さすための現象でもあるのです。 

ほんとうにこういう同調は今後絶対にやめないとと心底心に誓う私でした。 

ただ、魂的にステージが上がっていくと、おのずと心無い悪口や偏見、また不満ばかりを言っている人達との関わりが少なくなってくることです。以前はそういう友達もいましたが、不思議と疎遠、向こうから連絡が途絶えたりと縁がなくなってきています。 

しかし、ほんとうに反省の1日でした。>< 


2007年01月27日

Vol. 69 大切なあなたへ

私の大切な大切なあなたへ
 

いつも情熱的で向上心のあるあなた。 

でもそんなあなたも弱音を吐く時がありますね。 

「私はまだまだ悟れていないから、結果が見えないとやっぱりつらい。霊界からの『ご褒美』があるからこそ、さらに感謝ができ、さらに頑張ろうって気力が湧いてくるんだと思うの」と言うあなた。 

すでに「ご褒美」は頂いています。ただ、人々はそれに気付かないんです。気付けなくて通りすぎる日々。 

ではどうしたらそういうことに気付けるのでしょう。 

まずは、前にも言ったけど、自分の恵まれている所を挙げてみること。そしてそれに感謝すること。 

全ての出来事は己が作りだす必然ということを理解すること。 

そしてその必然的出来事は良いと感じることも悪いと感じる事も、自分のために起こっているってこと。自分の成長のために起こっているってこと。決して自分を罰するために起こっていることではないってこと。 

出来事全てを受け入れることから始めてみること。 

上記のことは言うが易しだろうし、すでにやっているってあなたは言うでしょう。でも頭での理解から心での理解へと移ってこそ真となるのです。 

上記のどれか一つでも心から理解できて出来ることがあるなら 

それから始めてみて続けてほしい。 

そうして自分を内観することが出来るようになった後の決断は 

決して間違った決断ではないってこと。 

そして、この世は偶然ではないことに心から理解出来てくると、霊界からのメッセージを直接聞こえなくても日々の中から彼らが送ってくるメッセージを受け取れる第3の目が開花してきます。 

あなたはあなたのままで有り続けてほしい。 

そして己を信じて一歩一歩進んでください。


☆∻∹⋰⋰

この言葉は守護霊が私の言葉で書かせたものです。私も含め、万人に向けたメッセージです。霊界の道をかいつまんでわかりやすく説明した貴重な言葉だと思います。

2007年01月06日  

Vol. 39 修行

「 Vol. 29 光のパワー」で書いた、先生のエピソード第2段です。 

先生は60歳ぐらいに、ある事故にて生死をさまよってから、突然霊力が身についたそうです。そして、いつも声が聞こえてきて、「この山を歩け」とか「滝に打たれろ」とか色々な修行の方法を教えてきたそうです。そして、先生はその声に従って、修行に励みました。 

来る日も来る日も修行に励んだのですが、ある日、「もうやってられない!」「こんな辛いことやってられないわ!それが必要というのであれば、霊力はいりません!」って修行を放り投げてしまいました。 

その時に聞こえて来た声が「よう、言うた! その言葉を待っておった」と言ったそうです。 

先生は、このことから、「形ではない、気持、姿勢、心が大切なんだ」と学んだそうです。 

以上。 

形式にこだわらず、いつでもどんな時も気持って霊界に通じていると思います。例えばお墓参りにしても、もちろん直接お墓にお参りに行くというのは大切ですが、必ずしも形にこだわらなくてもよくて、家で、ご先祖様のことを考え感謝するだけでも供養になるのだと思います。また、霊力についても、霊的にはお酒やたばこは控えた方がいいのですが、両方大好きな人でもチャネリング出来ている人もいますし、形だけではないその人その人の持つカリキュラムなのだと思ったりします。


2006年12月09日

Vol. 30 魂の本能
今日はこれをうまく文章にして伝えることが出来るのか微妙ですが、なんとか書いてみたいと思います。

「霊界道」でも霊界からこの人間界に誕生する時に、全ての記憶は封印されると書いていますが、記憶とは魂自身の性格も含め、魂がもつ本能です。そして封印される理由は、本能を封印しないと学びにならないからです。どうしてだろう、なんでだろうと考えさせてさらに魂を鍛えるために人間界に降りてくるのですから、霊界や前世の記憶、本能があったら成長が出来ません。しかし、封印されてももちろん魂の本能は生き続けて覚えています。


それを理解した上で、本題のその魂の本能(性格や記憶)が問題になってくるんですが、封印されても魂はその本能を封印から解放しようとします。(やはり封じ込められるとそこから出ようとトライしてしまう。それもまた魂の本能)でも修行の場の人間界では、解放させないように本能と反対の感情を心に宿らせて、封印が解けないように結界を張ることをします。そしてそれは反対の体験をさせるためなんです。(あくまで方法の一つで、全ての出来事に反対の感情を宿らせるということではないです)

例をあげると、自分はどうしても独占欲の強い人間で、どうしようもなく、それが自分の欠点であるという人は、魂の本来の性格はとても人に分け与えるのが好きで仲間意識の強い魂であるということ。

また、自分は子供がなぜか好きになれない嫌いだ!と思っている人は魂の記憶で子供はとても光に溢れた大切にすべきものだと知っているからなんです。

今生での学ぶべき課題に対して邪魔になる魂の本能は、反対の形で自分の感情や性格に現れる種類のものもあるということです。それは反対のことを体験させるために。これを知っておくと自分の魂の本来の性格や記憶を垣間みることができます。(でも自分のどの感情や性格がこのケースに当てはまるのかを見分けるのがまた難しいかと思いますが、スピリチュアルな理解が高まると自然と分かってきます)

追加:見分け方ですが、私の体験からすると、好き嫌いなもので言うと、とても嫌いなのに、なぜか目につくもの、です。嫌いなのに関わりが出てくるとか、目に留まることが多いとか。

私の例を上げると、私は昔から猫が好きではありませんでした。断然犬派で、猫なんて!って感じでした。理由としては、小さい時に、飼っていた鳥を猫に食べられたとか、家中がみんな猫嫌いだったとかで自分も影響したのですが、よーく考えると、嫌いな理由があまり分からないって感じでした。でもそれは、私の魂は猫には強い霊力があって霊界との繋がりが深いと知っているからなんです。私の魂自身は猫大好きなんです。でも今生での学びには不必要で結界の邪魔になるため、遠ざけたんです。なので今は猫たん、嫌いじゃないです☆

今生でその学びが済むと、魂の本能は学びの終了した事柄順に、その関係していた本能は解放されていきます。昔は大嫌いだったのに今は好きになった、なんてことがあれば、何かの学びを終了したことかもしれません。

なので、あなたもやけに毛嫌いする物があれば、実は魂の本能は大好きなものだったり、自分のこの嫌な性格と思う事があれば、実は魂の本能はその反対の性格だったりする可能性があります。


以上が魂の本能でした。これはとてつもなく文章で表現するのが難しかったです。少しはニュアンスを理解して頂く事が出来ればいいのですが。
 

2006年11月30日

Vol. 29 光のパワー
あ〜今日はもう寝ようと思っていましたが、どうしても書きたい気分。これだけは先に書いておきたくて。たぶん、この日記を読む方の中で今とても必要なことなのかもしれません。

今日のお話は「光のパワー」。霊界の高次の光がどれだけのパワーを発揮するかというお話です。とても参考になるので、ぜひ読んで何かを感じていただければと思います。

私は縁あって、とある霊能者の先生に2度程、お会いして看てもらっています。かなりの高齢なので、もう新しい方は看ない方なんですが、数年前に偶然(いや必然ですけど)その方を知っている人と友達になって、彼女がその先生をご紹介してくださいました。

先生は祭壇の前で行をしてくださり、霊界からのお言葉を伝えてくださいます。先生の高級霊(守護神様)が、私の守護霊と話して下さって、それを先生に伝えるというものだと私は理解しています。

先生は除霊なども行っていて、その中での一つのエピソードです。

Hさんが先生の所へ相談に来ました。内容は、原因不明の病魔に襲われているというものです。それも皮膚がなぜか腐っていく病気で、原因が分からないそうなんです。それですでにHさんの知り合い(親戚だったか忘れましたが)は亡くなっているんです。そして同じ病気がHさんにも。そしてHさんは肩から腐っていっています。病院でも手のほどこしようがなく、誰に相談していいのやらと最後に先生の所へ相談に来られました。

先生が看てみると、動物の姿をした自然霊が肩にへばりついていたそうです。そしてその自然霊が言うことが「人を3人(もしかして7人だったかも、ちょっと記憶があいまいですが、とにかく数人)あの世へ送ると、自分は霊界へ上がれると約束してもらった」と言ったそうです。誰と約束したのやらですが、とにかくその自然霊は必死でそのHさんの命を奪おうとしています。でも、自然霊はあと一歩って所でHさんの命を奪うことが出来ないでいたんです。

その理由は、Hさんの発する「光のパワー」によってなんとも悪戦苦闘していたんです。実はHさんはとても清い生き方をしてこられた人で、徳を積んでいて、高次の光が強かったため、最後の息の根をとめることが出来なかったということなんです。でもこのままではやられてしまうので、先生はその自然霊をなんとか説得し、最後には憑依をやめさせました。

Hさんの日頃の行いによって輝く高次の光のパワーは、負のエネルギーからHさんを守り、最後ギリギリの所で、先生との出会に導かれ命を救われたのです。

以上が「光のパワー」の持つ力のエピソードでした。このエピソートから何かを感じ取っていただければと思います。

 

2006年11月29日

Vol. 22 素敵な言霊
私は以前は「大丈夫」って言葉が大嫌いでした。こんなに無責任な、いい加減な言葉はない!って思っていたんです。特に悩みを人に打ち明けている時に「大丈夫よ!」なんて言われると、「なんでそんな一言で済ます事が出来るの?私の話なんてどうでもいいんだな」なんて感じていたんです。だって、大丈夫よってどうしてそう言えるの?何を持ってそう大丈夫よって人ごとのように言えるの?ってな感じだったんです。(^^;) なので、私は人に「大丈夫よ」って言葉を使うことはなかったんです。

私は昔からなんでも深刻に考えやすい性格で、それが慎重すぎて、せっかくのチャンスを逃がしてしまうことが多々あったようです。そして、その性格から悩みやすく、負のエネルギーを抱え込むことが多かったのです。

でも、それをスピリチュアルに目覚めてから、守護霊が幾度となく私にもっと頭を柔軟に、そして「なんとかなる」と言う気持がとても大切だと諭し続けてくれたんです。今もまだ頭の固さは少し残っているのですが、「大丈夫、なんとかなる」という気持がスピリチュアル的にも大変効果のあるものだと知る事が出来ました。それを言葉に出す事で、さらに効果が出てきます。まさに言霊のパワー! どんな問題でもその魔法の言葉を発すると、パワーを貰え、その状況が少しずつでも浄化されていきます。そして「大丈夫」って言葉こそが一番愛情に溢れた素敵な言葉だということに気付くのです。今では「大丈夫よ」って人から言われると、心から「ありがとう!」って言えて、温かい気持になります。あと、どんなことも未来へ繋がる出来事だと知ると、「わくわくする」って表現もとても素敵な言葉だと気付きますね。「大丈夫」「わくわく」は私の人生にとってとてもありがたい、素敵な言霊です☆
 

2006年11月19日